柏崎「水球のまち」の軌跡と、ブルボンKZが育む未来(第9回えちゴンカップから再考する)
更新日:2 時間前
「水球のまち」の黎明期と歴史の転換点はじまりは昭和39年(1964年)頃:新潟国体をきっかけに、柏崎の水球の歴史が動き出す。
〜常識の打破〜
当時、「水球は高校から始めるもの」という固定観念があったが、国体を機にジュニアチームの育成へと舵を切る。中学生や小学生の早期強化がスタート。
〜お菓子の企業ががもたらした組織力と信頼〜
転機となったのは、株式会社ブルボンによるネーミングライツ(命名権)の導入だ。組織がより洗練され、企業名が冠されたことで社会的信用が増し、他の企業からも熱い視線が注がれるようになった。
〜勝敗の先に見据える「将来の財産」〜
毎週日曜日に開催される体験会には、未来の水球っ子たちが集まる。なかには、今や全国大会(JOC)で優勝を果たした選手も「ここでの体験がきっかけだった」と振り返る。
しかし、指導者たちが何より重んじているのは、目先の「優勝」という結果ではない。
「コーチとして大事なのは、優勝することではありません。その選手が高校生や大学生とカテゴリが変わり、困らないような指導をしています」
巻き足の習得や正しいボールの投げ方など、基本に忠実な指導を徹底する。勝利至上主義ではなく、一人の人間として、そしてアスリートとしての土台をしっかりと築き上げる。それがブルボン流。
〜自治体として応援しているからこそ、独自の取り組みができる〜
市内にある小学校20校のうち、実に12校で水泳教室を実施。「児童数の兼ね合いで依頼できていないが、本当はお願いしたい」と学校側からラブコールが絶えないほどの信頼を得ている。授業の光景も独特だ。小学校のプールでは、ビート版の代わりに「水球のボール」が使われ、子どもたちは水やボールと戯れながら自然に親しんでいくという仕掛けがあるそう。

〜今後の展望〜
全国大会を開催できる強みを持つ一方、サブプールがないというインフラ面の課題も抱える。それでも、社会人チームが築いた信頼と、子どもたちの笑顔が響き合う学校現場の温もりが、柏崎を揺るぎない「水球の聖地」へと押し上げている。



